小海キリスト教会 礼拝メッセージ

小海キリスト教会の礼拝メッセージと御言葉を紹介します。。

神の子として生きる

「あなたこそ私の主。
    私の幸いは あなたのほかにはありません。」

 

                  f:id:koumi2016:20160627201619j:普通  詩篇16:2

                                  

<神の子として生きる>            マタイ5:43~48

 「自分の敵を愛し、自分を迫害する者のために祈りなさい。」と言われたイエス様のお言葉から、天の父なる神様が、神の子として下さった私たちに、どのように生きることを願っておられるのか教えられたいと思います。

 私たち人間は、自分自身のために生きている限り、まわりの人が、自分にしていることに対して、感じやすく、用心深く、ねたみやすく、嫉妬深いので、まわりの人の自分に対する態度に敏感に反応してしまいます。けれども、私たちキリスト者は、イエス・キリストを神の御子と信じた時、神様によって霊的に新しく造り変えられた者となり、神の子とされました。ですから、天の父なる神様が人間のすることによって左右されることなく、太陽を昇らせ、雨を降らせてくださるように、私たちが、神の子として、天の父なる神様の愛に倣うなら、私たちの隣人に対する愛は、人々の態度や、彼らが自分に何をするかによって、左右されることなく、支配されることなく、どんな命令も、イエス様の十字架の贖いを通して受け取り、従うことが出来るよう導かれ、敵をも含む隣人を愛することが出来るのです。

 「もはや私が生きているのではなく、キリストが私のうちに生きておられる。」と告白する私たちにとって、父なる神様からの命令や戒めは、私の中におられるキリストが守らせて下さるということ、主ご自身が与えて下さった聖霊様の助けによって、父なる神様の愛を、具体的なことばや行いによって現すことができる者に変えてくださる…これが信仰によって、神の子として生きるということです。

 私たちは、自分に優しい人、愛を注いでくれる人、あるいは、実際にそばにいない、遠くにいる人を観念的に愛することはしやすいものです。しかし、日々、自分のそばにいる人、まして、ことばや態度で自分を攻撃してくる人を愛するのが難しいことを知っています。私たちの周りには、確かに自分を攻撃してくる敵も、悪意に満ちた人もいるという現実と向き合う時、愛することとは程遠い、復讐したい思いに駆られてしまうこともあるかもしれません。倒されたり、打ち負かされたりして、嫌な気持ちを味わい、感情が葛藤することもあるでしょう。けれども、私たちは、悩み、苦しむ現実の生活の中で、簡単にあきらめずに、祈り、聖霊様の助けと、主に愛を注いで頂くことを祈り求めてまいりましょう。あなたは確かに神の子とされたのですから神の子としてみことばに従って生きることが出来るのです。