小海キリスト教会 礼拝メッセージ

小海キリスト教会の礼拝メッセージと御言葉を紹介します。。

すべての人のために祈る

「わたしはぶどうの木、あなたがたは枝です。 
 人がわたしにとどまり、
 わたしもその人にとどまっているなら、
 その人は多くの実を結びます。
」             

                                                       f:id:koumi2016:20160627201619j:普通  ヨハネ15:5

 

<すべての人のために祈る>    Ⅰテモテ2:1~4

 とりなしの祈りは、キリスト者にとって、教会にとって何よりも優先されなければならないことの一つです。初代教会の人々が良く祈っていたように私たちも彼らに習い、共に集まり、共に心を合わせ祈る群れでありたいと願います。 
 私たちが今、求められている祈りは、すべての人のためにとりなし祈ることです。パウロは、すべての人のために願い、祈り、執り成し、感謝をささげるようにと勧めています。すべての人のために祈る。これはとても重要な視点です。私たちは、とりなす相手を制限してしまう傾向があります。自分に対し好意的な人や自分と関わりのある人のためには祈るけれど、自分に対し好意的でない人のためにはあまり祈らないということがあるのではないでしょうか。しかし、この世界を創造された神様は、ご自身が造られた被造物が滅びることをお望みではありません。どんなに私たち人間が互いに傷つけ合い、殺し合う者であったとしても、分け与えることをやめ、限りあるものを奪い合うような者であったとしても、神様はそんな私たちを心からあわれんでくださるお方です。

そして、ご自身がどれほどあわれみ深く愛に満ちた存在であるかを人間に教えるために、愛する御子を地上に派遣され、イエス様の御業を通して、創造主なる神様が人間を愛してやまないお方であられる事実を明らかにしてくださいました。
取返しのつかない所まで行く前に私たちに出来ることが日々、執り成し祈ることです。ですから、私たちは、特に王たちと地位の高いにある人々のためにとりなし祈ることが必要です。
今の日本に当てはめるなら、天皇と為政者たちのために祈る必要があることがわかります。彼らには、ある一定の権限が与えられています。しかし、彼らがその与えられた分を越えて暴走する時、神様は彼らを滅ぼされることでしょう。そうなる前に、私たちは、彼らの救いのために執り成し祈る者となることが求められています。
主日に礼拝の中で祈られる司会者の祈りに心を合わせ、為政者たちの救いのために祈り続けましょう。彼らが本来の役割を誠実に果たし、自分の利益ではなく、国民一人一人の益を考え、神様から与えられた富が平等に分配され、すべての国民が平安のうちに落ち着いた生活を送ることができる政策を考え出し、実行に移すことができるように執り成し祈る者になろうではありませんか。