立派に戦い抜くために
「わたしがあなたがたを愛したように、
あなたがたも互いに愛し合いなさい。」
ヨハネ13:34
<立派に戦い抜くために> Ⅰテモテ1:18~20
パウロは、実際に主から離れた人々の名を例にあげ、テモテにエペソの教会を牧する者として、同じような事態にならないようにとキリスト者として信仰の生涯を立派に戦い抜くようにと励まします。
この励ましは、テモテだけでなく、キリスト者であるならば誰もが必要とするものです。私たちは、聖書が主張する真理を曲げることなく、常に自分たちが100パーセント恵みによって救われた者であることを自覚し、サタンの言葉に惑わされないようにしなければなりません。サタンは、いつも私たちの心の隙を狙い、私たちの心が律法主義に傾くようにと誘います。神の恵みを忘れる時、人は律法主義者となり、人をさばき始めるのです。私たちの心が人をさばく思いに支配されてしまうことがないように常に十字架の主の御前にひざまずき、へりくだり、主が成し遂げてくださった救いの御業を感謝する心の謙遜さをもち続けることができるように祈り続けましょう。それがパウロが言っている真理の帯を身につけるという意味です。パウロがサタンとの戦いに用いるようにと教えた防具5つです。
1 正義の胸当てです。イエス様がいのちがけで私たちを義としてくださった事実を認めることが正義の胸当てを身につけるという意味です。
2 平和の福音の備えを履くことです。主の恵みを自覚することが平和の福音の備えを履くという意味です。
3 信仰の盾です。サタンが放つ疑いの矢も、信仰の大盾があれば完全に守られます。信仰は、神様に対する信頼と言い換えることができます。
4 救いの兜です。かぶるという言葉には、受け入れるとか、受け取るという意味があります。つまり救いを感謝して受け取ることです。
5 御霊の剣です。みことばを正しく理解し、正しく用いることです。
サタンは、私たちの心の隙をいつも狙っています。教会から足が遠ざかる。大きな失望や大きな試練がすべての原因であるわけではなく、小さな誤解や躓きの積み重ねにより私たちの心が主からだんだん離れることもあることを覚えましょう。
キリスト者としての生涯を立派に戦い抜くために、主が与えてくださったすべての武具を身につけて、日々、聖書に親しみ、祈りのうちに主から示された愛の業を実行する者になりたいと願います。