小海キリスト教会 礼拝メッセージ

小海キリスト教会の礼拝メッセージと御言葉を紹介します。。

苦難の先にある栄光

「人々は主の御名によって
 祈ることを始めた。」
                f:id:koumi2016:20160627201619j:plain 創世記4章26節

 

<苦難の先にある栄光>           使途acts 14:1~7

 パウロたちは、アンテオケからイコニオムに足を運ぴ、そこでも宣教し続けます。 イエス様が救い主であり、神の御子であることを旧約聖書から教えていったその結果、信じる者と信じない者が現れます。真理は、人々に選択を迫るのです。福音を拒んだ人々は、パウロたちに対し悪意を抱くようになります。イエス様の弟子たちを人々が憎んだように教会から派遣されたパウロたちも同じように福音を拒む人々から憎まれるようになったのです。それは今も同じです。私たちが本気でみことばに従って生きようとする時、そこに何かしらの戦いが生じていきます。キリスト者は、争いを好んでいるわけではありませんが真理を語り、真理に従って行動することにより真理に背く人々の姿を明らかにしていくことになるのです。ちょうどイエス様が現れたことにより、権力者の不正が明らかにされていったのと同じ状況が生じてきます。光は、闇のわざを明らかにする性質があるのです。闇は、いつも光を消し去ろうと躍起になります。しかし、闇は、光に打ち勝つことができません。

パウロたちは、福音を拒む人々がいることを承知のうえで大胆に福音を語り続けます。ユダヤ人の会堂を回り、信仰のみで救われるとユダヤ人と異邦人に向かって福音を語り続けます。そして、パウロたちは福音を受け入れた人々が信仰を堅く保つことができるように教理も教えたのです。信仰が単なる思い込みではなく、みことばによる確かな裏づけのあるものであり、イエス様の死と復活も旧約聖書から預言されてきた確かなものであることを教えます。人々は、自分たちが救われたことをみことばを通して確信し、罪の力から解放された喜びから、永遠のいのちに与る恵みを頂いたことを感謝して同じように救われる人々が起こされるようにと願い、福音を伝える人になったのです。私たちも、彼らと同じように福音を伝える者になることが期待されています。信仰故の苦難は、避けて通れません。イエス様が苦難の道を選ばれたように、弟子たちが苦難の道を選択したように、イエス様に従う者にも同じ選択が求められるのです。しかし、その選択は強いられたものではなく、自主的な選択です。イエス様から愛されていることを知った者は、喜んで信仰の故に苦しむ道を選択できるようになるのです。天においてイエス様から「良くやった忠実なしもべよ」とのお褒めの言葉をいただけるように地上における僅かな時を精一杯神様のために生きることで神様からいただいた命を使い尽くしたと言える最後を迎えられるように歩む者になりたいと願います。ヘブル12:1~2参照