救われる以前の私たち
「その血は、あなたがたのいる家の上で、
あなたがたのしるしとなる。
わたしはその血を見て、
あなたがたのところを過ぎ越す。」
出エジプト12:13
<救われる以前の私たち> エペソ2:1~3
救われた後の状態を正しく認識する最も良い方法は、過去の状態と今の状態を比較することです。パウロは、エペソの教会の兄弟姉妹の救われる前の状態を思い出させることにより、今の状態がいかに恵まれた状態なのかを思い出させようとしたのです。
パウロはまず、私たちがかつて自分の犯した違反と罪の中に死んでいた者であると述べています。この違反という言葉は、道を踏み外すという意味があります。つまり、人生のただしい道からはずれて歩んでいる人の姿を現しているのです。また、罪と訳されている言葉には、的外れという意味があります。アダムが神様の命令に背いた結果、人間は神様に対して誤った応答をする者になりました。不信、反逆、自己中心、これが罪の本質です。この違反と罪が現わす言葉の状態が救われる以前の私たち人間の姿なのです。
二つ目は、空中の権威 をもつ支配者(悪魔)に従って歩んでいた者であると教えています。悪魔は私たちの目で見ることはできませんが私たちが生活しているこの世界を支配している存在です。私たちはかつて悪魔の支配下におかれ悪魔の誘惑に負け罪を犯し続けてきた者たちであったことを忘れてはなりません。最後に、パウロは私たちが自分の肉欲に生き、肉とその思いのままを行って…生まれながら御怒りを受ける子らであったと述べています。アダムから罪の性質を受け継いでいるすべての人間は、罪のために、神との人格的交わりを失い、霊的に死んだ状態にあり、みこころを行うことができません。そして、この世の支配者である悪魔の支配下に置かれ、肉欲の虜になっている状態だとパウロは教えているのです。
パウロもかつて肉欲の虜になって、キリスト者を撲滅させるために躍起になっていた人でした。 私たちもかつて生まれながらに罪の性質をもっている為に、神の命令に背くことしかできない者たちでした。霊的にも、死んだ状態にあり、聖書に書かれてある真理を正しく受け止めることができず、悪魔の誘惑に打ち勝つこともできない無力な者たちでした。神は、私たちの心の中までもご覧になられ私たちの犯している罪に対し怒りをおぼえられるお方です。ですから、私たちは、いつ滅ぼされてもおかしくない状況から恵みによって贖い出された者たちなのです。受けた恵みを感謝しましょう。
救われる以前の私たちと同じよう に自分の置かれている状態の悲惨さに気づかずに滅びに向かって歩んでいる人たちが沢山 います。彼らの救いのために自分にできることはないか。真剣に祈り求める者になりたいと願います。