小海キリスト教会 礼拝メッセージ

小海キリスト教会の礼拝メッセージと御言葉を紹介します。。

律法学者やパリサイ人にまさる義

「まずあなたの兄弟と仲直りをしなさい。」

 

                  f:id:koumi2016:20160627201619j:普通  マタイ 5:24

                                  

<律法学者やパリサイ人にまさる義>     マタイ5:20

 真面目に、熱心に義を追い求めた律法学者やパリサイ人の義は、自分自身の義であり、人に見せる義だというところに大きな間違いがありました。自分の心のうちにある罪の問題と向き合うことを避け、外側で見える正しさを求めて、心の中は高ぶりに満ちていたのです。求めるべきは、神の国とその義であるのに、神様のことは心になく、自分がいかに律法の細則まで守り行い、人々の称賛を買うことができるかを追い求めていた…。
 私たちはどうでしょうか。私たちも、気をつけていないと偽善者となってしまうことがあるのです。なぜなら、私たちも自己満足を求めて、神の栄光を現すよりも、自分の誉れを求めて行動することがあるからです。
 イエス様は、形だけ律法を守っていれば義とされるのではなく、心の態度まで問われる神様の前に、私たちの義が律法学者やパリサイ人にまさっていなければならないと言われました。私たちは、その言葉の前に「自分には無理だ」とおののいてしまうかもしれません。そんなことが果たして自分にできるのだろうかと不安になるかも知れません。けれども、ここで失望しなくて良い、慰めと励ましがあるのです。それは、イエス様を信じて義とされた者たちには、助け主なる聖霊が与えられているという事実です。この御霊を受けて、神の子とされているからこそ、義の実を結ぶことができるのです。ここに神の御国の性格があります。
 私たちが天の御国に入れるのは、イエス様の義によるものです。イエス様の義は完全で、律法学者やパリサイ人が、言葉の表面で捉えた律法の義をはるかにこえて、心と業の一致があり、その御生涯を通して、まさに、十字架に向かう苦難のご生涯において差し出される自己犠牲の愛によって現わされました。
 私たちは、イエス様を信じたことにより、霊的に新しく造り変えられ、すでにその義が与えられています。自分の力で義を得ることはできない、そのように心からへりくだって、イエス様の愛と憐れみを求める時、イエス様の義が私たちを覆い、律法学者やパリサイ人の義にまさる義の実を結ぶことができるのです。そして、私たちが、律法学者やパリサイ派に属する人々以上にすぐれた義を持つことができるのは、神の恵みにより、イエス様に繋がっている時だけです。この義が自力で獲得できるものではなく、恵みにより信仰によって与えられるものであることを覚え、常に愛の源である父なる神様、イエス様に繋がり続け、イエス様が愛されたように、神様と隣人を自分自身のように愛し、聖霊様に助けて頂きながら、愛をもって義を全うする者へと変えられ、成長させて頂きたいと願います。