読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

小海キリスト教会 礼拝メッセージ

小海キリスト教会の礼拝メッセージと御言葉を紹介します。。

主のために生きる

「人はうわべを見るが、

 主はこころを見る。」 

                

                  f:id:koumi2016:20160627201619j:plain Ⅰサムエル16章7節

 

 <主のために生きる>   使途8:1~8

ステパノの殉教の死を契機にキリスト者に対する迫害が始まります。ステパノの殉教の死の前までキリスト者は、ユダヤ教の一派であると考えられていました。しかし、ステパノの説教を通し、彼らの信じているイエス様が神の御子であり、死に打ち勝ちよみがえられたと証言することにより、ステパノたちは異端として見られ扱われるようになります。
私たちは、迫害そのものを悲観的に考えることはありません。なぜなら、迫害を通して、福音がエルサレムからユダヤとサマリヤの全土、および地の果てにまで広がり始めたからです。福音が広められることは喜ばしいことです。しかし、一方で人間は弱いため、自分が苦しむことを避けようとする傾向があります。イエス様がいのちがけで私たちを救ってくださったにも関わらず、自分の信じているイエス様のことを人々に喜んで語ろうとしないところがあるのではないでしょうか。信仰を表明する生き方は、確かに戦いを覚悟しなければならないものです。この世がイエス様を拒んだようにイエス様に従う者も、この世から拒まれます。しかし、それによって救いを求める人々が起されるという喜ばしい奇蹟が起こるのです。
ステパノの死は、その死を目撃した人々の心に十字架のイエス様の姿を思い起こさせたことでしょう。イエス様は、自分を十字架にかけた人々のために執り成しの祈りを捧げられたお方です。なんじの敵を愛せよ。迫害する者のために祈れという命令をイエス様ご自身が実行されたのです。ステパノは、そのイエス様の姿に倣い、自分に石を投げつける人々のために祈りました。
「主よ。この罪を彼らに負わせないでください。」イエス様の死と復活を信じていない人間は、敵のために祈ることはできません。私たちは、イエス様の死と復活を信じる者とされた者たちです。ですから、死を打ち破られよみがえられたイエス様の命令に喜んで従い、自分を苦しめる者のために祈ることができるのです。私たちは、信仰の故の迫害を経験しているでしょうか。神様を愛するが故に人々から憎まれるような生き方を実践しているでしょうか。
この世の人々と同じ価値観で生きるならば衝突は起こりません。私たちは、新しく造り変えられ、新しい価値観を与えられた者たちです。古い習慣や教えに囚われて生きることをやめ、聖書の教えに従って生きることを選択する者になりたいと願います。
私たちのうちにイエス様が生きているならば、私たちの死もまた益と変えられるのです。私たちの生き方が人々の救いのために大きな影響を与えることを自覚して、日々、御前に誠実に忠実に生きることを選択し続ける者になりたいと願います。ローマ14:8参照