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小海キリスト教会 礼拝メッセージ

小海キリスト教会の礼拝メッセージと御言葉を紹介します。。

たましいに触れてくださる神

「愛する者たち。
 神がこれほどまでに私たちを愛してくださったのなら、
 私たちもまた互いに愛し合うべきです。」              

                     f:id:koumi2016:20160627201619j:plain Ⅰヨハネ4章11節

 

<たましいに触れてくださる神> イザヤ6:1~13

イザヤが神様から召命を与えられた場面です。「召命」とは、神様に選ばれ、救わ れ、使命を与えられることです。紀元前740年でした。イザヤがいたエルサレムでは、ウジヤ王が亡くなり、国は動揺していました。 この時イザヤは、まず聖なる神様の御前に立たされます。神様の聖さ、偉大さに圧倒されたイザヤは、反対に自分の姿に絶望します。弱くてはかない存在であること。それ以上に、自分が罪多き、けがれた存在だと気付かされ、愕然とするのです。
「人々の罪や悪い行いを責め立てきた自らこそ、実は、神様から裁かれ、滅ぼされるべき罪深い存在だ」と気付かされたのです。イザヤは、うめき苦しみ祈る中で、神様の取り扱いを体験します。神様が私のたましいに触れてくださるという体験です。神様は、イザヤの視覚、聴覚、嗅覚、触覚、味覚すべてに触れてくださいます。その存在すべてに、体にも、心にも、たましいにも、触れてくださったのです!!
神様から取り扱われることを通して、イザヤは罪赦される体験をします。罪の赦しが一方的な神様の恵みであることを体験するのです。御使いセラフィムが、持ってきた炭は、祭壇で焼かれていたいけにえの家畜であったかもしれません。人々が犯してしまう罪を償うため、全焼のいけにえとしてささげらた小羊の焼かれた肉の塊がイザヤの舌に触れたのではないでしょうか。そこにイエス様の御姿が見えて来ます。イザヤの舌に触れたのは、やがて来られる神の小羊のモデルでした。さらに「燃えさかる炭」によってとは、聖霊によって聖められることです。
罪を赦して頂いた!聖められた!という一方的な恵みを体験したイザヤに、神様は問いかけます。「預言者として、もう一度、あなたは立ちあがれるか?」と。イザヤは、神様の召しに、信仰をもって応答します。
私たちの信仰生活も、この順番が大事です。自分のがんばりが先に来るのではなく、まず神様に取り扱われること、神様に触れていただくことが、先なのです。神様の一方的な恵みによって罪赦されることを体験し、その絶大な喜びゆえに、神様に応答していく。それが賛美となり、祈りとなり、奉仕となっていくのです。私たちは、順番を間違えやすいものです。何かをすることを優先してしまいます。
まずイエス様のみもとにひざまずくことを大事にしましょう。