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小海キリスト教会 礼拝メッセージ

小海キリスト教会の礼拝メッセージと御言葉を紹介します。。

大胆さの根拠

「御子イエスの血は、すべての罪から
  私たちをきよめます。

                      f:id:koumi2016:20160627201619j:plain Ⅰヨハネ1章7節

 

<大胆さの根拠>  使徒4:13~22

 ペテロとヨハネは、大胆に復活されたイエス様を人々に証していました。彼らの大胆さは、彼らの強い確信の現れであると言えるのです。十字架に架けられて殺されたイエス様がよみがえられた。イエス様は、神の御子であり、人間を救うために神様が遣わされたメシヤであることを弟子たちは確信する者と変えられていたのです。弟子たちは、復活されたイエス様と出会う以前とは別人のような態度を示しています。以前の弟子たちであるならばユダヤ最高議会の尋問に恐れを覚え、「イエスの名によって語ったり教えてはならない」という命令に簡単に従ったことでしょう。しかし、ペテロもヨハネも確信をもってユダヤ最高議会の命令を拒否することができたのです。この世の権力者は、神様の許しのもとに立てられています。ですから、ペテロもヨハネもその意味で彼らの命令に従う義務があります。しかし、立てられた為政者たちが間違ったことを強要してきた場合は大胆にその命令を拒否しなければならないのです。日本の国が戦時下において天皇を神として拝むように国民に強要した行為は偶像崇拝の罪です。私たちは、その命令にいのちがけで抵抗しなければならないのです。どんなに威勢のよいことを言っている人でも、大きな権力の前では屈服させられます。自分や家族の身に危険が及ぶ事態となる時、人は困難を避けようとするからです。しかし、ペテロとヨハネは大胆にみこころに従うことを選択し、実行することを決断して行ったのです。19節参照。ペテロとヨハネは、復活されたイエス様に出会い、イエス様が実際に死の淵からよみがえられた事を自分の目で見て、確信していました。事実を体験していた彼らは、その事実をそのまま話していただけだったのです。事実をそのまま語る行為は、一見簡単そうに思えることですが状況によってはとても勇気のいる行為となるのです。ペテロとヨハネは、イエス様からイエス様の死と復活の証人としての使命を与えられ、その使命を遂行するために必要な聖霊の力をいただいていました。ペンテコステの日に弟子たちのうえにくだった聖霊が彼らを大胆に主の復活を宣べ伝える者に造り変えたのです。私たちも彼らと同じ聖霊をいただいています。聖霊を受けていなければ誰もイエス様を主であると告白することはできません。私たちは、罪の自覚を与え、罪の力から解放してくださった主の御業を体験した者として、その事実を語らないわけにはいかないのです。自分がどのように救いに与ったか証することが求められています。また、私たちのうちに与えられた信仰は、愛の行為となって必ず現れます。私たちの証を聞いた人々は、私たちの行動を見て、その証が本物であることを知ることになるのです。その重要な働きをゆだねられた者として自分の救いが確かなものであることをみことばから確信し、聖霊の力をいただいて、みことばに従って互いに愛し合う者と変えていただけるように祈り求めてまいりましょう。